和歌山地方裁判所 昭和33年(レ)15号 判決 1960年11月18日
控訴人 玉井益治
被控訴人 国
訴訟代理人 平田浩 外二名
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し金四万二千九百五十円及びこれに対する昭和三十二年六月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人において訴外雑賀波子が無資力で支払能力のないものである、被控訴人の主張に対し控訴人が優先弁済受領権を放棄したことおよび控訴人に過失があつたことは否認する、と述べ、被控訴代理人において訴外雑賀波子が無資力で支払能力がないことは不知である、抗弁として昭和三十二年三月二十七日当庁で開かれた配当期日において控訴人を訴外株式会社久保商店と同順位として控訴人に二千五十円の配当をする旨の配当表が示されたのに対し、控訴人は抵当権を有しているため、同訴外会社に優先して自己の債権額四万五千円の全額について弁済を受け得ることを熟知しておりながら配当表に異議がない旨陳述し、その結果右配当表に従い配当が実施されるに至つたのであるから控訴人がその差額四万二千九百五十円について配当を受けられなかつたのは、右のとおり配当表に異議がない旨陳述し、控訴人の自由な意思にもとづき自ら優先弁済を受ける権利を放棄したことに基因するものというべきであつて登記簿謄本の誤記と損害発生の因果関係はこれによつて中断されたものである。仮りに右事実が因果関係を中断するまでに至らなかつたとしても、控訴人が配当表に異議がない旨陳述したことは、権利者として訴訟上与えられた機会に自己の権利を主張し自ら権利を擁護しなければならないのに、これを怠りかえつて権利を消滅させるような行為をしたものであつて、本件損害の発生について控訴人は重大な過失があつたものというべく、損害賠償の額を定めるにつき斟酌されなければならない。と述べた外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
立証として控訴代理人は甲第一号証第二号証の一乃至五第三号証第四号証を提出し、当審証人中島由一同辻井俊明の各証言ならびに当審における控訴人本人訊問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。
理由
いずれも成立に争いのない甲第一号証第二号証の二乃至五、当審証人中島由一の証言、当審における控訴人本人訊問の結果によれば控訴人は昭和三十年三月十日訴外中島由一より同訴外人が訴外雑賀波子に対して有する金四万五千円の債権及び右債権の担保として訴外中島由一が訴外雑賀波子所有の和歌山市田尻二百八十二番地の二宅地百五十坪(以下単に本件土地という)に対して有する抵当権の譲渡ならびに右抵当権の移転登記を受け、訴外中島由一は訴外雑賀波子に対し右譲渡の通知をなし、該通知は同年五月七日同訴外人に到達したことが認められ、更に前顕甲第一号証、成立に争のない甲第三、四号証当審における控訴人本人訊問の結果によれば訴外株式会社久保商店(以下単に訴外商店という)は昭和二十八年三月七日訴外雑賀波子に対する債権を保全するため本件土地に対し大阪地方裁判所の仮差押命令を得更に右債権の執行として昭和二十九年十月七日当裁判所に強制競売の申立をし、当庁昭和二十九年(ヌ)第五十三号事件として係属したが、訴外田村岩友が金九万円で競落し右競落許可決定がなされ、次で昭和三十二年三月二十七日の配当期日において競売売得金九万円より競売手数料千五百七十円を控除した残額八万八千四百三十円について第一順位の権利者として和歌山市役所に対し金一万二千三百八十円を、第二順位の権利者として訴外商店に対し金七万四千円同じく控訴人に対し金二千五十円をそれぞれ配当したことが認められる。
しかして控訴人の譲渡を受けた前記抵当権については和歌山地方法務局昭和二十八年二月二十四日受付第一七二八号により設定登記が訴外商店の前記仮差押命令については同法務局同年三月十一日受付第二三〇四号によりその執行としての登記がそれぞれなされていることならびに前記強制競売申立事件の記録中競売申立書に添付された本件土地についての和歌山法務局法務事務官作成の登記簿謄本には前記抵当権設定登記の受付の日付を「昭和二十八年二月二十四日」とすべきところ「同年六月二十四日」と誤記のなされていることはいずれも当事者間に争いがない。
以上認定の事実によれば先づ前記登記簿謄本の受付日付の誤記は国家公務員である和歌山地方法務局法務事務官がその職務である認証をなすに際しなしたものであり、公証官吏が認証をなすに際しては正確に認証すべき注意義務が存することは言を俟たないところであるからその過失に基づくものであることは明らかである。次に控訴人の抵当権は訴外商店の仮差押より先に登記を受けているのであるから抵当権者たる控訴人が仮差押債権者たる訴外商店より優先して配当を受けるべき権利を有することが明らかで従つて本来控訴人は前記競売売得金九万円より債権全額四万五千円の配当を受けるべきであるのに拘らず二千五十円の配当を受けたに止まつたものであるからその結果差額である金四万二千九百五十円について優先弁済を受ける権利を侵害されたものであつて、被控訴人において控訴人が右権利を失つたに拘らず容易に右金額相当の債権の弁済を受けうることについて主張立証せず却つて当審証人中島由一の証言によれば訴外雑賀波子は無資力で支払能力がないことが認められる本件においては右金額相当の損害を蒙つたものであると認めるのが相当である。よつて前記過失と損害との間に因果関係が存するか否かについて以下検討することとする。前記競売事件の配当に際して裁判所が前記土地登記簿謄本の誤記に基づいてその受付の日付が先であるため右仮差押登記が右抵当権設定登記より前になされたものと認定し、右抵当権者である控訴人の仮差押債権者に対する優先弁済受領権を認めず誤つて配当をなしたものであることは前段認定の事実より容易に推測出来るところであつて、従つて先ず右過失による誤記がなかつたならば誤つた配当をなすこと従つて損害も生じなかつたであろうという条件的関係における因果関係を認めうるのである。しかしながら過失と損害との間に因果関係がありとしてその賠償責任を負わせるためには右の因果関係のみでは足りないのであつてその損害がその過失によつて惹起せられることが日常経験上一般的に予測される場合であることを必要とすると解せられるのである。これを本件についてみるに本来配当を実施すべき裁判所としては同一不動産に対する登記の前後を決定するには登記用紙中別区になされたものの間では不動産登記法第六条第二項に定める如く専ら受付番号によるべきものであつて本件配当に際しても右によつて登記の前後を決していたならば、即ち裁判所は前記のとおり受付の日付の前後によつて登記の前後を決したものであつてこの点について裁判所に過失があるのであつて右過失がなかつたならば、正当な配当がなされたであろうことは又容易に推測出来るところであるが、ひるがえつて考えるに本来登記の受付番号の前後は同日受付のものを除き受付日付の前後と同一であるべきものであるから、裁判所が配当をなすに際し受付日付の前後によつて右登記の前後を決し配当を行うことがあり従つて受付の日付を誤つた場合にはその結果配当に誤があるであろうことは日常経験上一般に予測せられるところであるから結局前記過失と損害との間には因果関係が存するものと解するのが相当であつて、このことは前記裁判所の過失が右過失に競合して始めて損害が惹起せられた関係にあつても結論に消長を来たすものではない。
次に被控訴代理人の因果関係が中断せられたとする抗弁について按ずるに成立に争いのない乙第一号証によれば控訴人は配当期日に裁判官より配当表を示されこれに異議ない旨を述べていることが認められるのであるが当審における控訴人本人訊問の結果によれば控訴人は配当期日に配当表を示されるまで自己が仮差押債権者に対し優先して弁済を受け得る権利を有していると信じていたところ二千五十円の配当しか受けられないことを知つて驚き、翌日和歌山地方法務局に赴いて登記簿を調査していることが認められるのであつて、控訴人が配当表に異議ない旨を述べたとしてもこれを以て直ちに控訴人が優先弁済を受ける権利を放棄したとなすことを得ないのであつて他に右事実を認めるに足る証拠はなく従つて因果関係が右権利の放棄によつて中断されたとする抗弁は採用出来ない。
次に控訴人の過失相殺の抗弁について按ずるに控訴人が配当表に異議ない旨陳述したことは前記認定のとおりであるが、凡そ配当要求を申立てた者が仮に自己に優先弁済を受ける権利が有ると確信していたとしても、それが裁判所の判断と相異することを知つた場合自己の確信が正当で裁判所の判断が誤りであると考え直ちに異議を申立てる場合もあり又一度事実等を調査した上で何れが正しいかを決しようとする場合もあり或は自己の確信が誤りであると信ずるに至る場合もあるのであつて常に自己の確信を正当であるとして直ちに異議を申立てるべき義務がありとすることは出来ないのであつて本件においても控訴人において直ちに異議を申立てることが望ましかつたとしてもそれを申立てることを義務づけられるものではなくこれをしなかつたからといつて控訴人に過失があつたとすることは出来ず右抗弁も採用することが出来ない。
以上によれば国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて過失によつて違法に他人に損害を加えたものであるから被控訴人である国は控訴人に対し国家賠償法第一条に従つて損害金四万二千九百五十円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが顕著である昭和三十二年六月一日から年五分の割合による民事法定利息相当の遅延損害金を支払うべき義務があり、これが支払を求める控訴人の本訴請求は正当であるから認容すべきであり、これを棄却した原判決は失当であつて取消を免れず控訴は理由があり、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎林 松井薫 早井博昭)